慈照寺/銀閣寺(JISHOJI-temple/GINKAKU)



岡本太郎の『日本の伝統』を読んでいてもたってもいられなくなり、翌朝行く。
銀沙灘(ぎんしゃだん)。
「ギクッとした」と言われても、こっちは「そんなんあったっけ?」なのだ。
なんてこったい。
この人をそこまで驚かせ、また感動させもした、その銀沙灘(ぎんしゃだん)を、私は存在さえ認識していない。
ショックやん。

で、感想。
銀沙灘そのものよりも、法堂からそれを眺めて、ここまで感性豊かに想像を広げ、
発見と美の感動に身震いしたであろう岡本太郎がすごいと思った。
存在を美たらしめるのは見る目と観る心。
あやかって、銀沙灘(ぎんしゃだん)と慈照寺を見て、さらにそれを痛感した次第。


8.30〜17:00/無休
500円

                                                    2005年4月29日訪。

坂道を登りきったところに門がある。 これこれ。印象鮮烈に覚えてる。
銀閣寺垣。背高な椿の生垣。
受付入口を入ると、こじんまりした風景。
とっても普通。
左写真右奥の門。
うわさの向月台(こうげつだい)が!





銀沙灘と向月台。法堂の縁から見る。
岡本太郎は、それまで「謎の」「不思議な」と言われてきたこの造形物を前に、「慈照寺はたしかに東山からのぼる月を愛でるための寺」と考え、想像をめぐらした。
夜、真っ暗な庭を見ている。
月が上り、月光が庭を照らし、
白砂が浮かび上がる。
銀沙灘は満々たる水、
そして向月台の頂はまさしく月。
それゆえに円錐は頂点が切り取られる。
借景も草木も建築もかなわない、圧倒的な威容と存在感と、反自然の意志。
よくも悪くも、極めて岡本太郎的な芸術的思惟である。





銀沙灘の一端。向月台に向かって突き出し、盛り上がって止まる。
岡本太郎的見方をさらに進めるとして、水面のはねかえり、あるいは月の雫のしたたり落ちる源。銀沙灘は、水ではなく、月の光のたまりであってもよかろう。
「銀閣寺の大切な苔」だそうな。 こちらは「ちょっと邪魔な苔」。 そして「とても邪魔な苔」。

庭師さんの遊びかね?
微笑ましい。





銀沙灘を過ぎると、穏やかな庭園風景。
あのインパクトと比べると確かに弱いが・・・。
お掃除道具。
ちょっと休憩中?
5月を目前に、名残の桜。 全部もみじ!
なんて鮮やかな新緑。
秋はさぞかし・・・。





庭園を回遊中。
東側の上から見下ろす。
市街一望。
すぐ前に吉田山があるので、
多少視界は遮られるが。
ちなみに裏(東山)側は杉林。
木がちがうと空気の色がちがう。
青白くけむった老成の気。
新緑の萌える息吹と対照的。
いわゆる「銀閣」。
正式名は観音殿という。
定番アングル。





軒(屋根?)の裏側に、
水面のさざめきが映ってきらきらと揺れる。
とてもきれい。
写真にはおさめるべくもないけれど。
名前入り。
しつこいってば(笑)。
境内裏側の敷地外に藤が咲いてました。
嬉しい余禄。



「反自然」が、岡本太郎にとっては、とても重大で切実な命題だったのだと思う。
でも、現代の都市で生まれ育ち生活している私にとっては、彼が「凡庸」と切り捨てた自然は、すでに「自然」でも日常でもありふれた情景でもない。
極めて稀な、そして得がたい一瞬に見える。今、身近に、季節を教えてくれる植物や花はない。暦と季節は、カレンダーの数字と気温と通勤電車の空調で知る。
その生活の貧しさの是非はともかく、とにかく、そういう現状を生きる今の私の目には、峻厳な意志さえ感じさせる銀沙灘よりも、
遅咲きの桜や、新緑の束の間の若い色や、水に映った躑躅の方が、貴重であり、また非日常でさえある。
なにげなく置かれた竹箒にさえ、無機質に囲まれた生活者はハッとする。
時代と環境と状況が変われば、闘う相手は変わる。学ぶことは大切だが、自分の足場と目を持つことも、同じくらい大切。

それにしても岡本太郎ってすごい。こんなに感銘を受けた著作は久しぶり。
筆者の身震いするほどの熱情とか怒りとか憤りとか意欲とかが、字間行間に滲む。・・・やや花森安次を彷彿させる?
アヤコちゃん、仏像、水墨もいいけど、あの頃にコレを読ませて欲しかったよ、私ゃ。


秋の銀閣へ



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